三国志「劉備」に学ぶ仕事術 なぜ彼の元に優秀な人材が集まったのか


今の40代、50代は横山光輝の漫画「三国志」で育った世代ですし、吉川英治の「三国志」やゲームで三国志に接したことのある人も多くいらっしゃると思います。

三国志には数々の人物が出てきますが、よく議論になるのは劉備に対する評価でしょう。「無能でお人よし」と捉える人もいれば、「人の心を動かす天才」だと考える人もいます。以下では後者の評価に立った上でビジネスを有利にすすめる上でどのように劉備に倣えるのか見てみましょう。

劉備はまるで田中角栄みたいな男

魏の曹操や呉の孫権の生まれがその後の立身出世をすでに運命づけていたのに比べて劉備はよく知られているように平民出身から蜀の君主にまで成り上がりました。

この成り上がりっぷりは、小学校しか出ていないのに日本の首相にまで成った田中角栄によく似ています。2人の共通点もまさにそっくり、それは「人の心を捉える天才」だったということです。

放浪の旅で劉備は部下を捨てなかった

劉備は一国の君主となるまでに中国の各地をあちらこちら放浪の旅を続けています。当時の情勢、風がどちらに吹いているかを読み、自分の部下を率いて、彼らを食べさせ、面倒を見ながら、時を待ちました。

敗走を続けましたが、この間劉備は自分のもとに来た兵たちを捨てることはありませんでした。田中角栄も最終的に「金」にやられてしまいましたが、自分のもとに助けを求めてきた議員に相手が求めるよりも多くの金を渡し、相手の忠誠心を引き出しました。

同じようにわたしたちも最終的に人の心を捉えるのは能力ではない、ということを知るべきです。もちろん、角栄のように金でなんでもかんでも処理しようとするわけではありませんが、相手の心を掴むためにはまずこちらが犠牲を払う必要があるのです。

昨今の若者たちの心はアラフォー世代の男たちのように分かりやすくない、と感じるかもしれませんが、結局人間の傾向なんてそんなに大幅に変化するものではありません。「求める前に与える」、これが秘訣です

劉備の元には優秀な人材が集まった

劉備の人徳を慕って、関羽、張飛、趙雲、馬超、魏延など曲者たちが集まりました。

なぜか?

それは劉備が「超優秀」じゃなかったからです。能力のある人間のもとでは、曲者は自由にさせてもらえません

しかし、劉備には能力よりも懐の深さがあったため、曲者たちは「この人の元なら、俺らは自分のやりたいことをやらせてもらえるかもしれん」と考えたわけです。

同じように社内で上に立つ人にも、才能は必要ありません。大事なのは人材を適切にマネジメントする能力です。細かく管理することをやめて、部下を信頼することです。大まかな方向性は必要ですが、あとは彼らに任せましょう。

こうやって見てくると、劉備はやはり偉大な人だったんだな、と思わせられます。


この記事の著者

木下 まさひろ

木下 まさひろ

学習塾、法律事務所勤務を経て、現在は海外在住。『Festina lente(ゆっくり急げ)』を座右の銘に真のスローライフを実現すべく奮闘中 。毎朝の野菜ジュースと週3回のジムは欠かさない。40代前半。

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