こんな時代だからこそ、真に「やさしい」男になれ


「やさしさ」に対するイメージは人それぞれです。部下が上司に対して「やさしい」人と言えば、ポジティブな評価ですが、男が「やさしすぎる」というのも、筋が通っていないようで軟弱な感じがして考えものです。そこで、職場でも家庭でもアラフォーが身に付けたい真の「やさしさ」について考えてみましょう。

「やさしさ」は日本人の美徳


海外に人に接すると日本人の特徴として「やさしさ」を挙げる方たちが多くいます。彼らにとってみれば、ドラマで見る日本人の話し方や表情からやさしさを感じ取っているものと思われます。

「やさしさ」を辞書で引くと、語源は「痩す」の形容詞形で、実がやせ細るような思いを含んでいたとのことです。つまり、他の人の対し引け目を感じている様子から、「控えめで、つつしまやか」な様子を表していたのです。

欧米社会では自分の意見を堂々ということが良しとされますが、日本ではいまでも他の人の意見を良く聴いて、相手を立てることが美徳とされます。それも日本人の「やさしさ」から来ていたのです。

今求められるのは技術としての「やさしさ」


「やさしさ」というとある人の固有の性格を表していると考えられていますが、ビジネスにおいていつでもどこでも「控えめでつつしまやか」に振る舞っていれば、相手に付け込まれますし、ましてグローバル化している社会にあって欧米の文化にも対峙することが求められます。

それで必要なのは「やさしい」人になるのではなく、「やさしさ」を技術として捉え、しかるべきときは相手にやさしく振るまうように、そのシーンと相手を使い分けるということです。

スウェーデンの医師、ステファン・アインホルン氏はまさにその点を指摘します。彼によると、「『やさしい人』とは、倫理に従って生きている人であり、『倫理』とは、わたしたちが仲間であり続けるための技術」ということです。

職場や家庭でやさしさを示せるアラフォーであれ!


やさしさとは「わたしたちが仲間であり続けるための技術」であるというのなら、自ずからできることは見えてきます。つまり、相手が自分を仲間として見てくれるようなことをする、ということです。それは、詰まるところ「相手に与える」ということでしょう。

日本人の古来のやさしさは自分が目立たないように、「目立ったことをしないこと」に重きが置かれていますが、真のやさしさとは相手が喜ぶことをして、相手が喜ぶものを与えてあげることです

聖書にもこんなイエス・キリストの言葉があります。「自分にしてほしいことを他の人にもするように」

わたしたち日本人の繊細さに加えて、積極さがさらに加われば、最強の「やさしさ」を示せるようになるのです


この記事の著者

木下 まさひろ

木下 まさひろ

学習塾、法律事務所勤務を経て、現在は海外在住。『Festina lente(ゆっくり急げ)』を座右の銘に真のスローライフを実現すべく奮闘中 。毎朝の野菜ジュースと週3回のジムは欠かさない。40代前半。

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