「パパとはこうあるべき」という思い込みはストレスに


世の中のパパ、「パパとはこうあるべき」とか、「パパとしてこうありたい」などと考えて一人で頑張っていませんか?

父親としての子育て、それはほとんどの人が一生に一度の経験です。お子様が生まれた時、父親としての決意を固めた事でしょう。気合が入って頑張ってしまうのも当然かもしれません。

「理想の父親像」というものは誰にでもあると思います。

それは自分の父親のようになりたいという思いなのか、逆に自分の父親のようにはなりたくないという思いなのか、知人の尊敬できる人を目標にするのか、人それぞれだと思います。

でも、それに向かって頑張る事がパパにとって、お子様にとって良い事なのでしょうか?

「パパとはこうあるべき」と考えてとる行動は、いわば「理想とするパパをお子様の前で演じている」という事なのです。

パパが頑張っているのにも関わらず、お子様が見る父親の背中は、理想を演じているパパの背中ですパパ自身も、生涯理想の父親を演じ続けていく事をストレスに感じてしまう時が来るのです

「パパとはこうあるべき」ではなく、「パパとしてこの子にこうしてあげたい」からこその行動

例えば子供に「注意」をする時。理想のパパを演じているから注意するのではなく、子供の事を大切に考えているからこそ注意するのですよね。

「やめなさい」は(父としてやめさせないと)ではなく、(やめなければならないルールを教えたい)。

「我慢しなさい」は(父として我慢させないと)ではなく、(我慢できる力をつけてあげたい)。

同じ言葉を発するのでも気持ちが変わりませんか?

パパがどんな気持ちで言葉を発しているか、子供には不思議と伝わるんですよ何で言う事を聞かないか、それはパパが演技で発する言葉だから気持ちが伝わらないんです

肩肘張らずに、自然体でパパを楽しみましょう

親は子供の考える事などだいたい想像つきますよね。なんせ生まれた時から知っているのですから。でも同じように子供も自分が生まれた時からパパとママを知っているのです。

子供って、親が考えるよりずっとずっと毎日親の事を見ているんですよ。小さいうちなんか特に。

パパは、会社に行って仕事をして帰って来る1日の中でたくさんの人間を見ます。子供は、1日でパパとママの顔しか見ない日なんていっぱいあるんですから。表情から色々な事を読み取っているんですよ。

「パパとは」なんて肩肘張らず、目の前の子供の父親である事をもっと楽しみましょう。自然体でいる事でストレスも減り、よりお子様とコミュニケーションが取れるようになるはずです。


この記事の著者

cojiro

cojiro

cojiroです。中学3年男子の父、2年前から叱る方の担当です。一人息子を溺愛する奥さんと、何度となく衝突しながら現在に至ります。ママが望むような理想のパパを目指すと疲れます。頑張り過ぎずにパパを楽しめるうちに目一杯楽しみましょう

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