「ダメもとで挑戦してみることの大切さ」を伝えよう


天皇陛下の家庭教師!?

過去の私には、少し笑ってしまうけれどとても思い出深く、貴重な経験として記憶に刻まれている「武勇伝」があります。

高校生の時、アメリカへ1年留学した時のことです。

お世話になっていたホストファミリーのおばあちゃんがシニアホームに入居していたので、ある日、家族みんなで会いに行きました。

入居中の方々や訪問しているご家族が自由に集まって時間を過ごせる共有リビングで、おばあちゃんが同ホーム入居中だったある女性を紹介して下さいました。

「この方はね、日本にしばらく滞在していらしたそうなのよ」と紹介を受けたその女性と話していると、なんと、天皇陛下がまだ皇太子だった頃の英語家庭教師をしていた エリザベス・グレイ・バイニング夫人でした。


≪皇太子明仁親王とエリザベス・ヴァイニング夫人(昭和24年) 画像元:wkipedia≫

とても穏やかで優しい雰囲気のバイニング夫人は、懐かしそうに天皇陛下と過ごした時間について私に話して下さいました。

このバイニング夫人が著者で、陛下への教育について書かれた『皇太子の窓』はベストセラーとなり、各国語に翻訳され大変話題を呼んだそうです。

私は一緒に写真を撮って頂き、フィラデルフィアにあったそのシニアホームを後にしました。

苦肉の策


まだデジカメのない時代です。

帰国後にフィルムを現像したらとても良く撮れていたので、当時高校生だった私は何を思ったのか「そうだ、天皇陛下にこの写真を見せて差し上げたらきっと喜んでくれるだろう!」と勝手に大確信したのです。

写真が撮影された経緯を書いた手紙とバイニング夫人と私の写真1枚を同封し、なんとかこの封筒を天皇陛下に届けようと考えました。

デジカメ同様、当時はまだインターネットもありません。周りの大人達に「どうしたら手紙を天皇陛下に渡せるのか」と聞いて回りましたが、明確な答えは得られませんでした。

驚くべき行動

最終的に私が考えた結果は「皇居に郵送すれば、誰かが届けてくれるだろう」と封筒に大きな文字で「天皇陛下様」とだけ書き、住所も良くわからなかったのでそのままポストに投函してしまいました。

一応、自分の住所と名前は明記しておきましたが、配達される確信も全くない、いわば「ダメもとアクション」です。

しかし暫くして、なんと我が家に宮内庁から手紙が届いたではありませんか!

「懐かしいお写真をありがとうございました。陛下もとても喜んでおられました」とのメッセージが添えられて。

その時感じた説明のつかない「やり遂げた感」を、今でも鮮明に覚えています。

結果が見えない事に挑戦してみたら、目的を達成できてしまったという揺るぎない既成事実を自ら作れたのです。

物事、やってみないとわからないことだらけ


この時の「ダメもと事件」は、実はその後の私の人生に大きく影響しました。

「物事、やってみないとわからない」

この気持ちが強ければ、驚くほど多くの事に挑戦する気が湧いてきます。

育児をしていると、子どもの発言や行動の中には「どう考えても、それは無理でしょう!?」と内心思ってしまうことが多々あります。

しかし本当に人生、何が無理、何が可能なのかを行動起こす前に自己判断してしまう行為こそ危険なのだ、と心から思います。

パパやママにとっては無理だった。でも子どもにとっても無理とは限りません。

私の経験は半分笑い話ですが、それでも子ども時代や若い時に「どうせ無理だろう」と思ってダメもとで挑戦した結果、何だかやり遂げてしまったという経験を持つことは、非常に大切だと信じて止みません。

大人の価値観に捕らわれることなく、お子さんには可能な限り何でもチャレンジさせてあげて下さい! そう、「チャレンジ癖」をつけるのです。

そしてパパ達も、今からでも遅くありません。

何歳になってもチャレンジし続ける姿を子どもに見せるのは、父親名利に尽きるのではないでしょうか?


この記事の著者

エメラルド

エメラルド

都内在住40代の働くママ。ただし2人の息子の育児を最優先すべく、自営で時間をやりくりしながら充実しまくった育児生活を満喫中。「人間を育てるには年月がかかる。短期的プランでは無理」と心から思っており、幼児教育や人材育成、また海外経験を生かしたグローバル教育をライフワークとする。息子達はバイリンガル。

この著者の最新の記事

関連記事

ページ上部へ戻る